ガンと闘う生命【小児がんサバイバー研究①】

ガンと闘う生命
【小児がんサバイバー研究】

私が骨肉腫を発症した(10歳)のは、今から約40年前のこと。
小児がんサバイバーが受けた過酷な治療については、がん疾患の影響だけではなく、その治療による影響がとても大きく無視できないことだと言われ、問題視されている。
がん治療後に、小児がんサバイバーが人生を生きる上で、進学や就職の際に感じる支障や障害に対しては、支援できる体制が必要と考える。
しかしながら、小児がんサバイバーの抱える諸問題が社会の中で取り上げられることが少ないため、その重要性があまり知られていないことが問題であると考える。

soul

The soul The soul is precious


People feel painful, painful, and sad

People are happy, cheerful, and happy

and

Live life

if possible

Add joy to just a little more joy than pain

Just a little

Then,

Your eyes will change a little and the light of hope will reach your heart

hossikotyo
soul

人の命は尊い

人は、切なく、苦しく、悲しいことに

苦痛を覚える

人は、嬉しく、明るく、楽しいことに

歓びを感じる

そして

人生の先をめざして歩く

できることならば、

苦痛よりも、ほんの少しだけ歓びを

多くなるように足して下さい

少しだけ

すると

目線が変わり

一線の光が

あなたに届きます

ほっし

Osteosarcoma Survivor Dancer story4

Osteosarcoma Survivor Dancer

I am a professional dancer. Believe it or not, I became a professional dancer about 20 years after the onset of osteosarcoma, despite the onset of osteosarcoma at the base of my right foot.
I developed osteosarcoma at the base of my right foot in the summer of 10 years old.
The doctor in charge was in a state where I expected a desperate result from my condition.
My doctor explained to me about amputation of my right leg and confirmed my consent.
Amputation of the right leg will have a huge impact on my future life.
If my right leg had been amputated at the time, my life experience now and now would have been quite different.
As a professional dancer, I made many friends through dance.
And I was able to enjoy my life through dancing.
By dancing the dance while feeling happy and having people see the dance, I was able to make the viewer happy.
My right foot is a miraculous right foot that was miraculously left behind with a one-millionth or one-millionth chance.

As a survivor of osteosarcoma, I felt at least a sense of discomfort due to surgery at the base of my right foot, which had developed cancer.
When I danced creative dance as a professional dancer, I was very active, had some hard movements, and occasionally felt pain in my right leg.
But I had a special awareness of the pain.
Pain in the right leg can only be felt because of the onset of osteosarcoma and the miraculously left leg.
I am grateful for the pain. I have no complaints about this pain.
If God helped me to leave this right foot miraculously, I would like to thank God and the right foot that gave birth to the miracle.
As a creative dancer, I desperately dance with this miracle right foot.
And he has decided to attract people and give back.

癌(ガン)告知の現状 ②

確かに、ガン告知を受けたときは、とても落ち込んだが、その後、手術の準備から、手術、そして、入院の期間中において、徐々に前向きな姿勢や気持ちが芽生えてきたことは事実である。
私自身が、ガンに対しての覚悟が備わったのだと自覚できたが、けっして諦めたり、投げやりになったわけではなかった。
当時の私の心境を正確に表現できないが、「癌(ガン)」という言葉が、耳に入っても、意識しすぎることはななくなった。
その意識の変化が、癌(ガン)に対する、認識を変えたものと考える。
人は誰一人として、不死身の人はおらず、いつかは、「死」と向き合わなくてはいけないのです。
私は子供ながらに、
◻️生きることは、死と隣り合わせである
◻️闘う相手(癌)のことを知ることは勇気のいること
私は自分の身体の中に発症した癌の正体を知れば知るほどに、怖さが薄くなっていく様子に、気づくことができた。
それは、私の精神力が強く養われてきたことを証明できる変化だったように思う。
私は10歳で、自らが癌を発症したことを告知により伝えられたが、私はこの癌が発症したお陰で、自分の身体の中に発症したガンと闘う心構えが整った。
しかし、このように私と同じケースにマッチする癌患者さんばかりではないことを認識しておきたい。

癌(ガン)告知の現状 ①

癌(ガン)告知の現状

子供が癌(ガン)を発症した場合、ガン告知に対しての考え方には、大きく分けると2通りの考え方があるように思う。
① 癌(ガン)であることを告知する
② 癌(ガン)を告知しない
私の場合は、約40年前のことだが、①の癌であることを主治医の先生に告知された。
それには、主治医の先生に以下のお考えがあったことを、後日に知らされた。
そして、その提案に両親が承認したからだ。
・癌告知に耐えることのできる精神状態であること
・癌であることを知った上で、本人の自律を狙い、自律を尊重する立場も選択できるようにするため
特に後述が重要で、私自身が癌に立ち向かう気持ちを引き出して、辛く長期的な抗がん剤治療に耐えることができるようにすることを目的に、癌告知することを決めたそうだ。
しかし、わずか10歳だった私は強い精神力が養われてはいなかった。
私は、主治医の先生からガン告知を受けたとき、とってもショックを受けて、落ち込んだ。
このときは、とても辛く、言葉では表現できないほどのショックを受けた。
しかし、告知の効果にまったく意味がなかった訳ではなかった。

骨肉腫サバイバーダンサーstory3

骨肉腫サバイバーダンサー

私はプロダンサーです。信じられないかも知れませんが、右足付け根部に骨肉腫を発症したにも関わらず、骨肉腫発症から約20年後に、私はプロダンサーになりました。
私は、10歳の夏に骨肉腫を右足付け根部に発症。
主治医の先生は、その私の状態から絶望的な結果も想定したくらいの状態だった。
私は、主治医の先生から、右足切断の説明と、承諾確認をされました。
右足の切断は、私の今後の人生にとって、とても大きな影響を与えることでしょう。
もし、当時私の右足を切断されていたら、今、そして、今に至る人生経験は全く異なった結果になっていたのだろう。
プロダンサーになった私は、ダンスを通じてたくさんの仲間ができました。
そして、ダンスを通じて人生を楽しむことができた。
幸せを感じながらダンスを踊り、そのダンスを人に見てもらうことで、見る人を幸せな気持ちにすることもできた。
私の右足は、百万分の一いや、一千万分の一の確率で奇跡的に残された、奇跡の右足なのです。
私の右足付け根は、軟骨が切除された状態であり、骨肉腫の手術を行ってから40年が経過した今でも、その違和感と歩行時の違和感が残っている。
しかし、そんなことは全く問題にならない。
私は、この残された右足を大切に使って、そして、この右足を使って活動し、世の中の人々を幸せにしたい。
私は、ダンスを始めた。
最初は、自身の興味から始めたが、ダンスを通して、人々との心の繋がりができてきた。
人々との繋がりは、鋼鉄製の鎖よりも強固で、美しい光を放つことをダンスに教えて貰った。

骨肉腫サバイバーダンサー story2

骨肉腫サバイバーダンサー

私はプロダンサーです。信じられないかも知れませんが、右足付け根部に骨肉腫を発症したにも関わらず、骨肉腫発症から約20年後に、私はプロダンサーになりました。
私は、10歳の夏に骨肉腫を右足付け根部に発症。
主治医の先生は、その私の状態から絶望的な結果も想定したくらいの状態だった。
私は、主治医の先生から、右足切断の説明と、承諾確認をされました。
右足の切断は、私の今後の人生にとって、とても大きな影響を与えることでしょう。
もし、当時私の右足を切断されていたら、今、そして、今に至る人生経験は全く異なった結果になっていたのだろう。
プロダンサーになった私は、ダンスを通じてたくさんの仲間ができました。
そして、ダンスを通じて人生を楽しむことができた。
幸せを感じながらダンスを踊り、そのダンスを人に見てもらうことで、見る人を幸せな気持ちにすることもできた。
私の右足は、百万分の一いや、一千万分の一の確率で奇跡的に残された、奇跡の右足なのです。
当時の執刀医である院長先生は、私に言いました。「数日発見が遅れていたら、右足は切断していたかもしれません。
助かった右足を、これからたくさん使って活躍してあげてください。」この右足は私の人生の友です。
共に癌と闘い、癌に勝った右足は、私にとっての宝物です。

我が子が癌告知を受ける前にすること ②

我が子が癌告知を受ける前にすること

とっても重い状況を想定したお話です。しかし、実際にこの問題に直面したとき、逃れられない事実として、厳しい現実を受け止めなくてはいけません。
しかも、その厳しい現実と向き合わなくてはいけないのが、お子さんの場合には、親としては、身を切られる思いでしょう。
実際にこのような状況となった場合に、どのように対処したら良いのか。もしくは、どのように対処しなくてはいけないのか。
このような状況を想定した対処内容を、小児がんサバイバーの私が、私の経験のもとにお話しさせていただきます。
私は10歳の時に、骨肉腫を発症しました。
主治医の先生から、右足切断の了承確認と、転移の状態によっては手術の断念、そして、余命についての説明を受けました。
主治医の先生からの説明中に、泣き崩れる母親、そして、私自身も一言では語り尽くせない衝撃や悲しみ、とても複雑な感情が押し寄せ、心がつぶれてしまいそうになりました。
小児がんの場合には、癌を発症したお子さんに癌の告知をするべきか否かについては、賛否両論で、ケースバイケースだと思います。
この賛否について、はいつかの機会にお話しさせていただきます。

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